6月22日のニュース:JDTオーナーのイスマイル殿下が代表チームマネージャーとなるべきでない5つの理由

JDTオーナーが代表チームマネージャーをすべきでない5つの理由
 先日終了したFIFAワールドカップ2022年大会アジア2次予選兼AFC選手権アジアカップ2023年大会予選では、マレーシアは予選G組で1位アラブ首長国連邦、2位ベトナムに敗れて3次予選進出を逃した一方で、アジアカップ3次予選への出場権を獲得しています。
 この予選最終戦となったタイ戦前日にMリーグ1部JDTのオーナーでジョホール州皇太子でもあるトゥンク・イスマイル殿下がマレーシアサッカー協会会長FAMに向けて、代表チームに最高の練習環境と最高の指導者を提供する用意があるとして、その条件に自身を代表チームのチームマネージャーにすることを突然、提案しました。
 この提案に対して、国内のメディア、さらにはソーシャルメディア上で様々な意見が交わされる一方、FAMのハミディン・アミン会長は、この提案を検討するために協会にでの手続きに則った話し合いを進めることを明らかにし、慎重に対応する方針をとっています。
 このイスマイル殿下の提案に対し、サッカー専門サイトのスムアニャボラが「イスマイル殿下が代表チームマネージャーとなるべきでない5つの理由」というタイトルで非常に興味深い記事を掲載していますので、拙訳ですがここに書き留めておきたいと思います。
 イスマイル殿下が2013年にオーナーとなって以降、JDTはMリーグ1部で昨季まで7連覇を達成し、東南アジアのクラブとしては初となる2015年のAFCカップ制覇を果たすなど、その手腕は申し分ありませんが、この記事を書いたゲイリー・ルガード氏はイスマイル殿下は代表のチームマネージャーとなるべきではないとしています。

<理由1:FIFAの規定に抵触する可能性がある>
 一般に代表チームはその国のサッカー協会が運営上の責任を負い、マレーシアではマレーシアサッカー協会FAMがこれにあたる。この条件下でイスマイル殿下が代表チームのチームマネージャーになるための方法は二つありその一つは、かつて会長を務めたFAMに復帰することだが、イスマイル殿下は代表チームの運営権を求めているだけで、FAM全体の運営は意図していない。そしてもう一つは代表の民営化という方法だ。民営化された代表チームはFAMから離れて自由に活動ができるが、マレーシアサッカーのトップに位置するFAMが代表チームに何ら責任を追わないという事態はFIFAの規定に抵触しないのだろうか。

<理由2:マレーシアサッカーのロードマップ、F:30との整合性>
 マレーシアサッカー協会FAMは2030年までにアジアのトップ5入りを目指すためのロードマップ(行程表)「F:30」を発表している。このロードマップはFAM、そしてマレーシア国内のサッカーに関係者及びサポーターに対する行動計画でもある。このF:30で掲げられている目標を実現するためには、関係者全員が目的を共有する必要がある。その場合、FAMが代表チームを一個人に任せることはこのF:30と整合性があると言えるのか。ハミディン・アミンFAM会長がこのF:30を発表した際には、このロードマップはFAMの「本気度」を示すものだと述べたが、FAMがうかつに他人に代表チームを任せることによって、このF:30に関わる人々にはFAMの言う「本気度」が薄れたとは映らないだろうか。誰かに任せたからといってFAMは代表チームが短期間で強くなるという幻想を持つべきではない。

<理由3:マレーシアサッカーDNAと整合性>
 イスマイル殿下は自身がチームマナージャーになった暁には、最高のコーチングスタッフを用意すると述べている。ここで疑問が湧くのは、FAMが草の根からトップレベルまで国内サッカー全体に浸透させたいとしているマレーシアサッカーのDNAに沿った指導を果たしてその「最高のコーチングスタッフ」が行うのかどうか、ということである。代表チームのことだけを考えれば、現在の代表が採用しているシステムとJDTが採用しているシステムは似ており、イスマイル殿下もおそらく熟知していると考えられることから、特に問題にはならないだろう。しかし、FAMはジュニア、ユースから代表まで一貫したシステムでプレーすることで、将来の代表選手となるべき選手を養成するためのマレーシアサッカーDNAを導入しており、FAMがこの方針を変更しない限り、代表独自のシステムはマレーシアサッカーDNAと齟齬(そご)をきたす可能性がある。

<理由4:利益相反>
 イスマイル殿下が代表チームを強化する際に最も懸念されるのがこの利害対立である。イスマイル殿下がJDTのオーナーのまま代表チームのチームマネージャーに就任すれば、サッカー関係者やサポーターから否定的なコメントが出る可能性が非常に高い。具体的な例を挙げるとすれば誰をを代表に招集するか、といった問題もその一つである。現在の代表には、マレーシア人の親を持つもののマレーシア国外で生まれ育ったディオン・コールズ、マシュー・デイヴィーズ、ブレンダン・ガン、ドミニク・タン、ラヴェル・コービン=オング、ジュニオール・エルドストール、サミュエル・サマーヴィルらの帰化選手、そしてマレーシア人とは血縁関係持たないギリェルメ・デ・パウラ、リリドン・クラスニキ・モハマドゥ・スマレといった帰化選手がいる。そしてこれらの10名の帰化選手の内、JDTに在籍した経験が全くないのはブレンダン・ガン(スランゴールFC)と今回の予選から代表に加わったディオン・コールズだけである。この状況を理解した上で、もしイスマイル殿下が代表チームのチームマネージャーとして誰を帰化させるかにも関与することになれば、それが果たして代表の利益なのか、JDTの利益なのか、という議論が間違いなく発生する。例えイスマイル殿下が純粋に代表チームのことを考えて行うことだとしても、必ずその目的に対して疑心暗鬼になる者は出る。そしてイスマイル殿下が代表チームのチームマネージャーを続ける限り、これは取りざたされ続け、結果的に代表チームそのものにも影響が出る可能性がある。

<理由5:JDTは今後もイスマイル殿下を必要とする>
 JDTを東南アジアでトップレベルのチームに育て上げたことで、イスマイル殿下は代表チーム自体の強化にも間接的ながら大きく貢献している。
 JDTのサファウィ・ラシド、シャフィク・アフマド、アキヤ・ラシド、アリフ・アイマン、ラマダン・サイフラーといった選手たちは今後10年は代表の中心選手としてプレーできる選手たちである。また今回のW杯予選で代表に加わったディオン・コールズ(デンマーク1部FCミッティラン)に代表でプレーするよう拙宅したのもイスマイル殿下である。また代表でも屈指の帰化選手ラヴェル・コービン= オングがマレーシア代表でプレーするようになったのもイスマイル殿下の説得のおかげである。国内リーグでは敵なしのJDTだが、AFCチャンピオンズリーグというアジア最大の舞台でJDTが成功するためにはイスマイル殿下のリーダーシップが必要である。

<最後に>
 イスマイル殿下は代表が今回のW杯予選で思うような結果を出せなかったのはFAMの指導力不足ではないかと指摘しており、自身の代表チームのチームマネージャー就任を提案したことをFAMの理事会は自分たちへの警鐘だと考えるべきだ。自分たちの努力は十分なのか、現状に甘んじてはいないのか、と。
 イスマイル殿下の提案は考慮に値する者だが、上の5つの理由から、少なくとも現在は代表チームのチームマネージャーに就任するべきときではない。
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 この記事は最後に「この記事はあくまでも筆者の個人的な意見であり、スムアニャボラ全体の意見を反映したものではない」との注意書きも掲載されています。王族へのオープンな意見はなかなか表明しにくこの国で、このような記事を見たのは初めてでした。非常に興味深くまた建設的な意見で説得力もありますが、一部の極端な考えを持つマレー人の中には王室に対する意見を全く認めないものもいるので、この国で王族についての内容を掲載するには、こういった注意書きも必要だということも改めて認識しました。