10月17日発表の最新FIFAランキングで、マレーシアはインドネシアを抜き東南アジア3位に浮上。5つ順位を上げ、2005年11月以来約20年ぶりの118位を記録しました。しかし、このニュースを霞ませる記者会見が10月18日、マレーシアサッカー協会(FAM)本部で開催されました。
FAMは前日10月17日には緊急記者会見を行うことを発表し、会見当日は50名を超える記者が集まりました。そして午後3時から行われた記者会見では、FAMの事務方トップに当たるノー・アズマン・ラーマン事務局長に無期限の停職処分が科されたことが発表されています。この処分は、マレーシアサッカー界を揺るがしているヘリテイジ帰化選手(マレーシアにルーツを持つ帰化選手)7名に対する国籍偽装疑惑に関連しています。
今回国籍偽装が疑われているのは、以下の7選手です。
FWジョアン・フィゲイレド
MFエクトル・へヴェル
DFジョン・イラザバル(以上ジョホール・ダルル・タジム)
FWロドリゴ・オルガド(コロンビア1部アメリカ・デ・カリ)
FWイマノル・マチュカ(アルゼンチン1部ベレス・サルスフィエルド)
DFファクンド・ガルセス(スペイン1部アラべス)
DFガブリエル・パルメロ(スペイン3部ウニオニスタス・デ・サラマンカ)
この7選手全員が、6月10日に行われたアジア杯2027年大会予選ベトナム戦に出場。試合ではフィゲイレド、オルガド両選手がゴールを挙げるなど4-0で勝利し、11年ぶりのベトナム撃破に貢献しています。
しかし9月26日にFIFAの規律委員会は、ベトナム戦にこの帰化選手7名を出場させることを目的に捏造書類を提出したとして裁定を下しています。その内容は、FAMには35万スイスフラン(およそ6600万円)、7選手にはそれぞれ罰金2000スイスフラン(およそ38万円)と12カ月間の出場停止処分という重い処分でした。
さらに10月6日にFIFAの規律委員会は「決定の根拠に関する通知」と題された公式報告書を発表。その中でFIFAが入手した7選手の実際の出生証明書がFAMが提出した書類と一致しないと説明しています。そして「公式文書の偽造および改ざんに関するFIFA懲戒規定第22条違反」に抵触しているとしました。
この処分に対してFAMは、当初提出した書類には事務手続き上の「軽微なミス」があったことは認めています。その上で、10月14日にFIFAに対して正式に控訴を行いました。この控訴結果は10月30日にFIFAから発表される予定となっています。
10月18日に行われた会見では、FAMが任命した法律顧問でジュネーブを拠点とするスポーツ弁護士セルジュ・ヴィットーズ氏が説明を行いました。ヴィットーズ氏は「FAMや選手による偽造は一切ない」と主張する一方で、仮に不正があったとしても、それは「問題の当事者」によるものだと述べたものの。その人物の名指しは避けています。
また同じくこの会見には、マレーシア代表チーム運営部門のロブ・フレンド最高経営責任者(CEO)も出席しました。フレンドCEOは運営部門の役割を以下のように説明しました。
「私とピーター・クラモフスキー代表監督は、選手を技術的な観点からのみ評価し、選手登録の書類作成や管理は一切行っていない。なぜならそれはFAMと関係政府機関の管轄だからだ。」
なおクラモフスキー監督は10月9日のアジア杯予選ラオス戦後会見で以下のように話しています。
「トゥンク・イスマイル殿下には多くの否定的な意見が出ているが、それは公平ではない。殿下は先見の明があるリーダーであり、殿下がいなければ、マレーシアサッカーはとうの昔にだめになっていただろう。」
「マレーシアの(アンワル・イブラヒム)首相から資金提供を引き出したり、政府からの支援を引き出したの一体誰なのか。イスマイル殿下その人であり、マレーシアサッカー協会ではない。国内サッカーのレベルを上げてきたのは誰なのか、代表戦のためにチャーター便で快適に移動できるような仕組みを持ち込んだのは誰なのか。それもイスマイル殿下である。」
「殿下の支援により、代表チームは最善の環境が提供され、代表チームはプロの集団によって機能するようになっている。これは全て殿下の功績である。」
「FIFAとの間で生じている全ての混乱の原因はマレーシアサッカー協会であり、イスマイル殿下ではない。私はマレーシア国民に明確なメッセージを送りたい。殿下なしではこの国のサッカーは『終わってしまう』」
雄弁なクラモフスキー監督に対し、フレンドCEOが公に発言したのは、国籍偽装疑惑が明らかになった9月28日以来初めてでした。しかしこの後、衝撃の発言が飛び出します。
フレンドCEOは、7選手の身元を確認してから国籍取得までさせるプロジェクトを主導したのは、トゥンク・イスマイル殿下であることを公表しています。
フレンドCEOはクラモフスキー同様、イスマイル殿下を「先見の明を持つ」と称賛。さらに殿下はこの帰化選手プログラムに関与しているものの、その運用には直接、関わっていない点を強調しています。また殿下はあくまでもプログラムの「方向性」と「モチベーション」を示し、7選手は「殿下のためにプレーしたいと思っている」とも発言しています。
しかしこの会見後、さまざまなメディアで、国籍偽装疑惑についての謎がより深まった、といった調子の記事が出ています。
オンラインメディアのScoopは、イスマイル殿下が1月11日にSNSに投稿した記事を紹介しています。その投稿でイスマイル殿下は「6から7人のヘリテイジ帰化選手の身元を確認した。FAM、(FAMを統括する)マレーシア政府青年スポーツ省、そしてアンワル・イブラヒム首相には書類手続きを迅速に進めるよう促した。」と投稿しています。殿下はフレンドCEOと共に映った写真を添えていますが、これによりイスマイル殿下が直接関わっていないとするフレンドCEOの発言の信憑性が揺らいでいます。
さらにフレンドCEOの発言により、マレーシアサッカーを運営しているのは誰で、説明責任があるのは誰なのかという議論が再燃していると報じ、特に代表チームとイスマイル殿下が摂政を務めているジョホール州のサッカーを取り巻くエコシステムとの境界線が曖昧になっていると指摘しています。
なおイスマイル殿下自身は今回の国籍偽装疑惑について、マレーシアへの制裁を科したFIFAの決定を疑問視する投稿をした以外は沈黙を守っています。
また別のオンラインメディアTwenty Two13は、フレンドCEOが、FIFAによる調査を8月22日には既に把握していたという発言に注目しています。FIFAが処分を公表したのは前述のとおり9月26日なので、問題が公になる1ヶ月以上前の時点でフレンドCEOはこの問題を知っていたことになります。
またTwenty Two13の記事は、フレンドCEOとクラモフスキー監督がイスマイル殿下への賛辞を繰り返せば繰り返すほど、疑問が深まると指摘し、現在はFAMとは無関係のイスマイル殿下がFAMの意思決定にどれほど関わっているのかに疑問を呈しています。(なおイスマイル殿下は2017年3月から5年の任期でFAM会長に就任しましたが、就任から1年後の2018年3月に辞任しています。その際には、就任期間中の代表戦が0勝3分7敗でFIFAランキング166位から178位に下がり批判を受け、その責任を取ると説明していました。)
さらに記事では、国内リーグでプレーするジョホール・ダルル・タクジムFCのオーナーでもあるイスマイル殿下の関与が適切かどうかを問うています。さらにフレンドCEOとクラモフスキー代表監督の両者ともに、殿下がアンワル・イブラヒム首相を説得してマレーシア代表チームへの資金提供を実現させたと明かしましたが、この発言からは、「殿下は他にどのような政府決定にも影響を与えているのか」という新たな疑問が生じているとしています。
さらに両氏はイスマイル殿下を称賛する中で、FAM自身がチームにまともな宿泊施設もチャーター機も提供できていないことまで示唆しています。こうなるとFAMがマレーシア代表チームにこれまで何をしてきたのかという疑問も湧いてくると同時に、代表チームの取り巻き対FAMという対立構造すら浮かんできます。そこには、順調なときは、代表チーム取り巻きの手柄、問題が起きればFAMのせい、といった構図が透けて見えるとTwenty Two13の記事では指摘されています。
またFIFAの規律委員会が「決定の根拠に関する通知」を明らかにしてから3週間もメディア対応を避けていたFAMが、今年1月まで会長を務めていたハミディン・アミン名誉会長、今年8月に健康上の理由からジョハリ・アヨブ会長が在任わずか6ヶ月で辞任したのち、会長代理を名乗るユソフ・マハディ副会長、そして前述のとおり職務停止処分を科されたノー・アズマン事務総長のいずれも不在の中、なぜ突然、会見を開き、まるでS・シヴァスンドラム副会長ひとりにメディア対応の責任を押し付けたように見える点についても、Twenty Two13の記事では非常に不可思議だとしています。
このほか、今回の会見で明らかになった情報のいくつかは、さらに驚く内容でした。
1)国籍偽装疑惑を持たれている7名のヘリテイジ帰化選手のマイカード(MyKad=マレーシア国民身分証)の申請は2025年1月に行われ、およそ4ヶ月という短期間を経て5月には発行された。
2)今回の一件をFIFAに告発した人物について会見で問われたS・シヴァスンドラム副会長は「ベトナムの個人」であると述べましたが、後に記者からそれが事実か推測かを問われると、「ベトナム出身であると“考えられている”」と訂正した。
3)FAMが未だにこの7選手の「血統(ヘリテイジ)」を証明する書類を提示していない理由について質問が出たものの、これに対しては明確な回答はなかった。
4)シヴァスンドラム副会長は「事務手続き上の『軽微なミス』」と発表されている事案を調査するための「独立委員会」設置を明らかにしたが、そのメンバーの名前は明かされなかった。
5)FIFAによる調査開始の通達をFAMが受け取ったのは8月22日で、処分が公表される1か月以上も前のことだったことをマレーシア代表チームのロブ・フレンドCEOは明らかにしているが、なぜその時点でFAMまたはフレンドCEO本人が公に説明を行わなかったのかの説明はなかった。
6)フレンドCEOもシヴァスンドラムFAM副会長も、国籍偽装疑惑を持たれている7選手を最初に特定した代理人や関係者の名前を明らかにしなかった。
7)FAMが任命したスポーツ弁護士セルジュ・ヴィットーズ氏は、「マレーシアには労働ビザで来ているのか、観光ビザなのか」と会見の席で問われると、それには答えず、「助言を行うために来ている」とだけ答えた。
自分でもうまくまとめきれていない文なのはわかっていますが、できるだけ多くの記事に目を通してから書こうと思い、結果として時間がかかってしまいました。また上には書きませんでしたが、個人的に気になるのは1点だけ。国籍偽装疑惑により処分を受けた7選手の誰1人として、自身がマレーシア国籍を取得したことの正当性を主張していないことです。こういった場合、自身に降りかかる火の粉を払うためにも記者会見を開き、自身が清廉潔白であることを世間に訴えるのが通常ではないかと思うのですが、その気配すらないのが不思議でたまりません。12ヶ月の出場停止という自身のサッカー人生に大きな影響を及ぼす処分を受けながらも、そういったことができない理由があるのでしょうか。
