9月28日のニュース<br>・ヘリテイジ帰化選手の国籍偽装疑惑-国外組所属の4クラブは処分対象選手を出場停止に<br>・ヘリテイジ帰化選手強化策の中心人物イスマイル殿下は正当性を主張、さらに「陰謀論」の可能性も示唆

9月26日にFIFAはマレーシア代表でプレーする7名のヘリテイジ帰化選手(マレーシアにルーツを持つ帰化選手)が捏造書類による国籍偽装を行ったとして、2,000スイスフラン(およそ37万円)の罰金と12ヶ月間に渡るあらゆるサッカー活動への関与の禁止する処分を発表しましたが、この処分が発表されてからおよそ1日が経過し、マレーシアだけでなく世界各地から様々なニュースが入ってきています。

なお処分対象となった7選手は以下の通りです。

  • MFヘクトル・ヘヴェル(29)オランダ出身 
    所属:ジョホール・ダルル・タジム マレーシア国籍取得:2025年3月 
    代表デビュー:2025年3月25日アジアカップ予選ネパール戦 代表戦出場数:2
  • DFガブリエル・パルメロ(23)スペイン出身 
    所属:ウニオニスタス(スペイン3部) マレーシア国籍取得:2025年3月 
    代表デビュー:2025年5月29日親善試合カーボ・ベルデ戦  代表戦出場数:4
  • DFファクンド・ガルセス(26) 
    所属:デポルティーボ・アラヴェス(スペイン1部) マレーシア国籍取得:2025年6月 
    代表デビュー:2025年6月10日アジアカップ予選ベトナム戦 代表戦出場数:2
  • FWロドリゴ・オルガド(30)アルゼンチン出身
    所属:アメリカ・デ・カリ(コロンビア1部) マレーシア国籍取得:2025年6月 
    代表デビュー:2025年6月10日アジアカップ予選ベトナム戦 代表戦出場数:2
    • FWイマノル・マチュカ(25)アルゼンチン出身
      所属:ベレス・サルスフィエルド(アルゼンチン1部)マレーシア国籍取得:2025年6月 代表デビュー:2025年6月10日アジアカップ予選ベトナム戦 代表戦出場数:1
    • FWジョアン・フィゲレイド(29)ブラジル出身 
      所属:ジョホール・ダルル・タジム マレーシア国籍取得:2025年6月 
      代表デビュー:2025年6月10日アジアカップ予選ベトナム戦 代表戦出場数:3
    • DFジョン・イラザバル(28)スペイン出身 
      所属:ジョホール・ダルル・タジム マレーシア国籍取得:2025年6月 
      代表デビュー:2025年6月10日アジアカップ予選ベトナム戦 代表戦出場数:2

国外組所属の各クラブは処分対象の選手の出場を見送る

渦中の7名のヘリテイジ帰化選手の内、FWジョアン・フィゲイレド、MFエクトル・ヘヴェル、DFジョン・イラザバルの3選手はマレーシアスーパーリーグのジョホール・ダルル・タジムでプレーしていますが、残る4選手はいわゆる「国外組」です。この4選手が所属するクラブが次々にこの事態への対応を発表し、4選手全員が出場停止となっています。

国籍偽装疑惑の渦中にいる7名のヘリテイジ帰化選手の1人、DFファクンド・ガルセスが所属するデポルティーボ・アラベスは「クラブは、選手に適用される推定無罪の原則が尊重され、この問題が可能な限り迅速に解決されることを希望しています。」という声明を発表しています。なおガルセス選手は祖母がマレーシア人であることからヘリテイジ帰化選手の資格を満たしているとされています。

また9月27日のラ・リーガ第7節のマジョルカ戦では、ガルセス選手はベンチ外となっています。今季は開幕戦からの6試合全てに先発しフル出場しているアラベス選手を欠くデポルティーボ・アラベスは、前半37分にマジョルカの日本代表FW浅野拓磨選手のゴールで先制を許すと、そのまま逃げ切りを許して今季3敗目を喫するとともに、マジョルカに今季初勝利を献上しています。

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また渦中のヘリテイジ選手の1人であるFWロドリゴ・オルガドが所属するコロンビア1部アメリカ・デ・カリは、FIFAによる裁定を受けてオルガド選手を活動停止処分とすると発表しています。

「当クラブに所属するロドリゴ・オルガドがFIFAより12ヶ月の出場停止処分を受けたことを報告するとともに、当該選手は本日よりこの出場停止処分により当クラブのあらゆる活動への参加を停止することをファンやメディア、また一般に向けて告知する」

さらにクラブの法務部門はマレーシアサッカー協会(FAM)と現在の状況について緊密に連絡を取り合い、FAMと共同でオルガド選手の12ヶ月に及ぶサッカー活動停止処分についてFIFAに対して不服申し立てを行うと発表しています。なおオルガド選手は祖母がマレーシア人であることからヘリテイジ帰化選手の資格を満たしているとされています。

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また7選手の内の1人、DFガブリエル・パルメロが所属するスペイン3部のウニオニスタス・デ・サラマンカはFIFAの裁定を受け取ったことを明らかにするとともに、今後の方針を決定するために情報を収集中だとしています。またその間はパルメロ選手がクラブのあらゆる活動に参加しないことも発表しています。パルメロ選手は祖母がマレーシア人であることからヘリテイジ帰化選手の資格を満たしているとされています。

パルメロ選手は前述のロドリゴ・オルガド選手に続き、クラブから活動停止処分を科された選手となります。

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4人目のFWイマノル・マチュカが所属するアルゼンチン1部ベレス・サルスフィエルドは声明を発表し、クラブがFIFAの裁定について連絡を受けたことを明らかにするとともに、クラブにはこの事態に介入する権限がないとして、今回の裁定に対して不服申し立ては行わないとしています。

「当クラブは、アルゼンチンサッカー協会経由で今回の裁定について、所属するイマノル・マチュカが12ヶ月の出場停止処分を受けたことを告知された。FIFAの(裁定を下した)規律委員会の法的手続きに関与しておらず、その結果として今回の裁定に影響を与えることも不服申し立てを行う立場にはない。」

「この裁定により、決定が覆る通知をFIFAから受け取るまでは、当クラブ所属選手(のマチュカ選手)はクラブの試合に出場することはない。」とも発表したベレス・サルスフィエルドですが、マチュカ選手については今後の事態に発展に沿って支援を続けるとしています。

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「国外組」4選手はいずれも所属クラブから出場停止となっていますが、その一方でジョホールでプレーするFWジョアン・フィゲイレド、MFエクトル・ヘヴェル、DFジョン・イラザバルの3選手については、クラブからは何も発表はありません。ジョホールは9月30日にACLエリート第2節でJリーグの町田ゼルビアとホームのスルタン・イスマイル・スタジアムで対戦しますが、果たしてこの3選手は出場するのか否かに注目が集まります。


ヘリテイジ帰化選手強化策の中心人物イスマイル殿下は正当性を主張、さらに「陰謀論」の可能性も示唆

ヘリテイジ帰化選手によるマレーシア代表の強化策の中心人物で、国内リーグで11連覇中のジョホール・ダルル・タジムのオーナーでもある、ジョホール州摂政のトゥンク・イスマイル殿下は、マレーシアに対するFIFAの制裁処分に対し、7選手がマレーシアにルーツを持つ選手であることを証明するマレーシア政府による公式文書があると主張しています。

さらに、マレーシアサッカー協会(FAM)は正規の手順に従って申請を行った結果、FIFA自身が一度はこの7選手がマレーシア代表として試合に出場する資格があるとの決定を下したにもかかわらず、今回、FIFAがFAMと7選手に対して唐突とも言える制裁処分を下したことに疑念を抱いているとも述べています。

さらにこの突然の決定変更に対してイスマイル殿下は、その原因について外部からの「見えない力」が働いている可能性もあると述べています。

「今回の制裁措置についてはその理由が明確にされておらず、さらにその不服申し立てが行われる前に今回の措置を公表している点も異例である。この決定が下された際にFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長がいたニューヨークにいた人物は誰だろう。FAMは速やかに不服申し立てを行うべきだ」と自身のSNSに投稿したイスマイル殿下は、この投稿とともに、インファンティーノFIFA会長とインドネシアサッカー協会のエリック・トヒル会長が並んで写っている写真も合わせて投稿しています。

またイスマイル殿下は、国民登録局(NRD)からの正式文書があるとし、「マラヤの虎」の愛称で知られるマレーシア代表の台頭を危惧する者からのどんな圧力にも屈しないと述べて、FIFAとの対決姿勢を明確にしています。
*国民登録局:マレーシアにおける国民の身分登録、身分証の発行、出生、死亡、婚姻、離婚などの公的記録を管理する政府機関。

さらにイスマイル殿下は、マレーシア人の祖父母を持つ外国生まれの人物についてマレーシア国籍を与えるとする連邦憲法第19条に基づく検証プロセスが完了していることを示す国民登録局局長のサイン済みの文書の写真も合わせて投稿しています。

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実はイスマイル殿下が示す国民登録局による文書が今回の争点になる可能性がある部分です。国民登録局によると、今回の7選手への国籍付与については彼らが提出した書類をブラジルやアルゼンチン、スペイン、オランダといった出身国の記録とマレーシア国内の記録とを使って多面的にチェックしたとしています。しかしマレーシア国内に保管されている書類の中に該当するマレーシア人祖父母の出生記録の原本が見つからなかったとして、「証拠に基づいた上でおそらく原本に間違いがないとする」認証コピーを交付したことを明らかにしています。さらに国民登録局局長は全ての手順がマレーシアの法律を遵守したものであり、また憲法で規定されている要件も満たしていると説明しています。

国籍申請に使われた書類が、マレーシア人の祖父母の出生証明の原本ではなく「認証コピー」であることが、おそらく国籍取得のために「捏造」された書類だととされる根拠だと考えられます。しかし、1957年に独立を果たすまでは英国の植民地だったマレーシア(独立当時の名称はマラヤ連邦でマレー半島部のみが英国から独立し、現在のサバ州とサラワク州は1963年のマレーシア成立まで英国の植民地状態が続いていた)は、市民権付与の要件についても紆余曲折を経験しています。戦後の1946年ごろから英国は19世紀後半から20世紀初頭にかけて錫鉱山の労働者として移住してきた華人や、ゴムのプランテーションの労働者として移住してきたインド人も含めたマレー半島に住む市民全員に市民権を付与しようと検討していましたが、それ以前からマレー半島に住むマレー人は、自らの既得権利の侵害につながると考えて猛反発しました。このため、マレー半島に住んでいた市民の中でも、特に移民やその末裔は自身の出自を証明する書類をそもそも持っていなかった可能性もあります。実際に私の周りでも、20世紀初頭に生まれた父親が出生証明を持っておらず、代わりにキリスト教の「洗礼証明書」をもとに身分証明書を作ったという話なども聞いたことあるので、原本がないから「捏造」だと簡単に言い切れない難しさもあります。