4月27日に今シーズンの最終公式戦となる2024/25マレーシアカップの決勝が行われ、既にリーグ戦とFAカップの国内二冠を達成していたジョホール・ダルル・タジムFC(JDT)が、スリ・パハンFCを逆転で破り、2022年、2023年に続く3季連続の国内三冠を達成しています。
今からおよそ104年前の1921年(大正10年)8月20日に始まったマレーシアカップは、同年9月に始まったサッカー天皇杯(天皇杯JFA全日本サッカー選手権)とともに、アジア最古のカップ戦の一つです。日本が当時の英領マラヤを占領した1942年から1945年まで、そして戦後の混乱期となった1946年から1947年までは中断されましたが、その時期を除く毎年開催された大会は今回が第98回大会となりました。
マレーシアサッカーの歴史を簡単に紐解くと、FAカップは1990年に始まった比較的新しい大会です。また現在行われている国内リーグは、1974年からマレーシアカップの予選ラウンドとして行われていたものが独立、発展したもので、伝統という点ではマレーシアカップには遠く及びません。これに対して各州を代用するチームの対抗戦として始まったマレーシアカップは、サポーターにとっては自分の出身地のチームを応援する、いわば「甲子園」。そもそも「クラブ」という概念がなかったため、例えばスランゴール州を代表するのはスランゴール州サッカー協会チーム(スランゴールFA)の1チームのみ、ジョホール州を代表するのはジョホール州サッカー協会チーム(ジョホールFA)と各州から1チームのみの出場となっていたことも甲子園と重なります。このためマレーシアサッカーの古い記録では、このFAという名のつくチームが散見されますが、その理由にはこのような背景があります。
話が逸れてしまいましたが、マレーシアサッカーの伝統を引き継ぐマレーシアカップの特に決勝は現在でもシーズン最大の注目を集める試合で、、昨年の決勝戦JDT対トレンガヌは公式発表80,550人、一昨年の決勝戦JDT対スランゴールは同79,98人と、どのチームが決勝に駒を進めても85,500人収容のブキ・ジャリル国立競技場は、毎回ほぼ満員となります。
しかし今大会はリーグ覇者で今季無敗のJDTとリーグ8位のスリ・パハンの対戦ということもあってか、試合の1週間前にはおよそ60%のチケットしか売れていないと報じられていました。それでも蓋を開けて見れば、そこはマレーシアカップ、以下の通り55,000人を超える観衆が集まりました。

ちなみにスタジアム周辺も結構な人出でした。特に今季最終戦ということもあり、ユニフォーム(大半がコピー商品)を売る屋台があちこちで今季の各チームのユニフォームを1枚20リンギ(1リンギはおよそ30円)で叩き売りしていました。







なお試合前にJDTのサポーターグループ「ボーイズオブストレイツ」が、以下のようなコレオを披露していました。JDTにはサザン・タイガーズ「南の虎」、対するスリ・パハンにはエレファンツ「象」の愛称があることから、この図柄になっています。また書かれた文字は「いなくなっても悲しまない。絶対に。」のような意味ですが、これはスリ・パハンFCが今季をもってスーパーリーグを撤退するという話があることに関連するものです。

以下がこの試合の両チームの先発XI。スリ・パハンは今季8ゴールでチーム得点王のFWクパー・シャーマンが警告累積により出場停止、またMFマヌエル・イダルゴはJDTからのローン移籍中のためこの試合はベンチ外と、主力の2選手を欠いています。一方のJDTは最終26節に試合がなかったため、4月16日以来の試合で休養十分です。

試合の方は、開始からJDTが優勢に試合を進めるも、要所でのパスをスリ・パハンの選手が体を張ってことごとくカット。決定機を作らせない展開の中、なんと先制したのはスリ・パハンでした。14分にエセキエル・アグエロの左コーナーキックをアレクサンダー・ツヴェトコヴィッチが頭で合わせますが、これはマレーシア代表GKでもあるJDTのGKシーハン・ハズミがブロック。しかしそこ詰めていたT・サラヴァナンがそのこぼれ球を蹴り込んで、スリ・パハンが先制します。しかし34分にエセキエル・アグエロがこの日2枚のイエローを出されてしまい、退場となります。ちなみにハイライト映像ではヘベルチとアグエロの接触シーンが繰り返されていますが、2枚目のイエローは、そのプレー自体ではなく、その直後にベルグソン・ダ・シルヴァが倒れたアグエロを起こそうとした挑発に乗せられてしまった結果です。(同時にベルグソンにもイエローカードが出ています。)スランゴールFCとのFAカップ決勝でアレクサンダー・アギャルカワが反則覚悟で削られたように、JDTはキーになる選手を徹底的に潰しにくる戦略が得意ですが、この試合ではラズラン・ジョフリ主審の判定が一定しなかったこともあり、スリ・パハンには不利にも取れる判定が何度か見られた結果の退場劇のように見えました。ちなみに退場になったアグエロ選手はピッチを去る際に審判に向かって”How much? How much they pay?”と言っているようです。
チームの司令塔が早い時間帯に退場となったスリ・パハンですが、前半はこの1点のリードを保って終了します。
後半開始にJDTのエクトル・ビドリオ監督は、この日精彩を書いていたフアン・ムニスとナチョ・インサに代えて、ロメル・モラレスとイケル・ウンダバレナを投入し、より攻撃的な布陣へとシフトします。そして54分には右サイドのアリフ・アイマンのクロスにゴール前でJDTのオスカル・アリバスとスリ・パハンのアズリフ・ナスルルハクが交錯、長時間のVARが介入した後、JDTはPKを獲得します。(これも映像を見ると、アズリフが前、アリバスがその背後という位置関係で、しかもアズリフとアリバスがほぼ同時にボールに触れているように見えます。)このPKをベルグソンが決めて、JDTがついに同点に追いつきます。
すると今度はJDTのDFパク・ジュンヒョンがミコラ・アハポフの足を狙ったタックルで2枚目のイエローで退場となり、なんと両チームが10人となる激しい試合となります。しかし自力に勝るJDTはペースを落とすことなく攻め続けると、最後はやはりこの人でした。なお先週のMリーグアウォーズで4季連続のMVPに選ばれたアリフ・アイマンが74分にヘベルチからのロングパスを右サイドで受けると、相手DFをかわして体をひねりながら狭いニアへ狙い済ましてシュート。このボールはスリ・パハンGKザリフ・イルファンが触れることはできたものの、そのままゴールイン。これが決勝点となったJDTが逆転で勝利を収め、通算5度目となるマレーシアカップ優勝を果たしています。なお決勝点を決めたアリフ選手はこの試合のMOMに選ばれています。
2024/25マレーシアカップ決勝
2025年4月28日@ブキ・ジャリル国立競技場(クアラ・ルンプール)
ジョホール・ダルル・タジムFC 2-1 スリ・パハンFC
⚽️ジョホール:ベルグソン・ダ・シルヴァ(54分PK)、アリフ・アイマン(74分)
⚽️スリ・パハン:T・サラヴァナン(14分)
MOM:アリフ・アイマン(ジョホール・ダルル・タジムFC)
敗れたスリ・パハンのファンディ・アフマド監督は、マレーシアカップ決勝戦における審判の質について、試合後の会見で問われるとコメントを控えています。この試合の主審をつとめたラズラン・ジョフリ主審は、昨年11月のJDT対ペラFCの試合で、JDTにPKを与えた判断と、JDTのアリフ・アイマンとペラのトミー・マワトの間の取っ組み合いを制御できなかったことで2試合の割り当て停止処分を受けた「前科」があります。ファンディ監督は、試合はチームがベストを尽くした結果であり、審判の質については試合を見たメディアが判断すべきと述べ、自身は審判にコメントはしないと述べています。その一方で試合中に退場者が出たことには失望し、それは明らかにチームのパフォーマンスに影響が出たとも話しています。なお、そのような審判をそもそもJDTの出場するこの決勝戦で起用したマレーシアサッカー協会(FAM)の意図も不明です。