5月10日の今季開幕戦で対戦する予定だったジョホール・ダルル・タジムFC(JDT)とスランゴールFCは、5月5日に代表でもプレーするスランゴールFWファイサル・サリムが酸をかけられる事件が発生し、スランゴールが試合延期を求めるもリーグを主催するマレーシアンフットボールリーグ(MFL)これを認めず、JDTの不戦勝となりました。このため、このFAカップ決勝が両チームの今季初対戦となりました。今季2024/25シーズンの第9節を終えて首位を独走するJDTと2位のスランゴールの対決は、JDT有利の下馬評でしたが、蓋を開けてみれば予想を遥かに超える強さを見せたJDTがスランゴールを完膚なきまでに叩き、全身のジョホールFA時代を含め、3季連続、通算5度目の優勝を果たしています。
2024年8月24日@ブキ・ジャリル国立競技場(クアラ・ルンプール)
ジョホール・ダルル・タジムFC 6-1 セランゴールFC
⚽️ジョホール:フアン・ムニス3(26分、67分、90分)、アリフ・アイマン(42分)、ベルグソン・ダ・シルヴァ(62分)、ヘベルチ・フェルナンデス(76分)
⚽️スランゴール:アルヴィン・フォルテス(59分)
🟨ジョホール(2)、🟨スランゴール(4)
MOM:フアン・ムニス(ジョホール・ダルル・タジムFC)
大会3連覇を狙うジョホール・ダルル・タジムFC(JDT)とスランゴールFCの顔合わせとなったFAカップ決勝は、試合前日の記者会見から国内サッカーファンをざわつかせました。ニザム・ジャミル監督とキャプテンのサフワン・バハルディンが出席したスランゴールに対して、JDTからはエクトル・ビドリオ監督の代理としてホセ・ロペス コーチ、そしてキャプテンのジョルディ・アマトの代理として控え選手のジュニオール・エルドストールが出席しました。(実際の試合ではロペス コーチ、エルドストール選手ともベンチ入りはしませんでした。)
その記者会見でJDTのロペス コーチはメディアの質問に対して”I don’t know.”「私にはわからない」、”No comment”「何も話すことはない」を繰り返し、一方のエルドストール選手は試合に向けたチームの準備の状況を聞かれると、一言”Good”と答えた以外は、やはり”No comment”を繰り返すなどの「塩対応」を続けた結果、JDTの記者会見はわずか2分で終了し、終始和やかなムードで行われたスランゴールの記者会見とは対照的でした。JDTの記者会見については、「あまりにも礼を欠いている」、「もう二度と記者会見に来るな」と言った批判もSNS上に多く上がりました。
この試合の両チームの先発XIは以下の通り。JDTではキャプテンのインドネシア代表のキャプテン、ジョルディ・アマトやマレーシア代表DFラヴェル・コービン=オングがベンチ外、スランゴールは控えGKカイルルアズハン・カリドに代わり、今季ここまで公式戦出場がないGKアジム・アル=アミンをベンチ入りさせています。


しかし、ピッチ外で何を言われようと、ピッチ上での決着が全て、とばかりにJDTは試合開始からスランゴールに襲いかかります。そして試合が動いたのは26分でした。ジョホールがペナルティエリアの外、正面やや右でPKを得ると、フアン・ムニスの蹴ったボールはゴール右のポストとスランゴールGKサミュエル・サマーヴィルの間の狭いスペースを通ってゴールインし、JDTが1点をリードします。その後はアリフ・アイマンのヘディングシュートが決まり、2-0としてJDTは前半をリードして折り返します。
後半に入ると59分にアルヴィン・フォルテスがゴールを決めたスランゴールが1点差に迫り、試合が一気に白熱するかと思われた試合ですが、ここからJDTが一気にギアを上げてわずか3分後にベルグソン・ダ・シルヴァがゴールを決めると、試合は一気に一方的なものになってしまいます。67分にはこの試合2ゴール目をフアン・ムニスが決めると、76分にはヘベルチ・フェルナンデス、そしてとどめは90分にフアン・ムニスがハットトリック達成となるゴールを決めたJDTが大会最多ゴール新記録となる6ゴールを挙げてスランゴールに圧勝し、国内初となる3季連続の三冠達成に向けてまず一つ目のタイトルを獲得しています。
試合後の会見に応じたJDTのエクトル・ビドリオ監督は、一人一人の選手の技量の高さと、ディフェンスではリスクを冒しても積極的にボールを奪いにいく戦術が功を奏したと述べています。
「チームの哲学でもある攻撃的な姿勢を維持するためにはリスクを冒す必要があった。チームがボールを保持するため、守備では選手が1対1となる場面が多くなったが、日々の練習にしっかり取り組んでくれたおかげで個々の選手の技術が高まり、守備については「個」ではなくチームとして機能することができた。」と選手を称賛しています。
一方、大差で敗れた事に失望していると話したスランゴールのニザム・ジャミル監督は、この惨敗が多くのサポーターも失望させたことは理解していると話した上で、この試合で露呈した弱点を改善するためにさらに必要な努力をし、次の試合に繋げたいと話しています。
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この試合はストリーミングで観戦しました。前半ではJDTの執拗なまでのセランゴールDMFアレクサンダー・アギャルカワ潰しが非常に効果的でした。豊富な運動量であちこちに姿を表し、中盤では相手の攻撃のリズムを遮り、またボールを持つとプレーを落ち着け、さらに攻撃の起点にもなれる役割が持ち味のアギャルカワ選手に対し、JDTは露骨なまでのファウルやファウルスレスレのプレーを仕掛け、アギャルカワ選手は何度も倒される場面がありましたが、結局、前半で交代しています。スランゴールのニザム・ジャミル監督もアギャルカワ選手の交代によって、チームの攻撃のリズムが崩れたことを認めています。
試合開始から高い位置でプレスをかけるJDTにとって、アギャルカワ選手は嫌な選手でしたが、そのアギャルカワ選手を徹底的に削ることで、前半の終盤からはJDTの攻撃の自由度が遥かに良くなりました。しかも後半に交代で入ったレジク・バニハニはFWでもあり、前線ではゴールに絡むプレーは見せたものの、スランゴールは自陣に押し込まれる場面が明らかに増えました。
またもう一つ気になったのは68分のGKサミュエル・サマーヴィルの交代でした。1-4と劣勢の中、ケガをしたわけでもないGKを貴重な交代カードを1枚切ってまで交代させたニザム監督の判断は、画面を見ながら「なぜ?」と思いました。そして、これについても当然、試合後の記者会見で質問が挙がりました。これについてジャミル監督はGKコーチとも相談した結果、サマヴィル選手に何かが起こり、その結果、集中力を失っていると判断し、サマヴィル選手を「守る」ために交代させたと説明しています。
JDTが3点目を入れた時点で交代を考えたと話したジャミル監督でしたが、リーグ戦での控えGKであるカイルルアズハン・カリドはベンチ外で、残っていたのはU23代表ながら、今季リーグ戦では出場が一度もない22歳のアジム・アル=アミンでした。アジム選手は20分の出場でさらに2失点を喫しました。
今シーズンをかけて、スランゴールがニザム監督を「育てる」覚悟ならそれも良いですが、今後のリーグ戦や来月開幕するACL2で結果を残すことを考えるのであれば、マレーシアリーグで経験のある監督を新たに採用するという選択肢もアリという気がした試合観戦でした。