6月29日のニュース・マレーシアンフットボールリーグ(MFL)の処分内容が迷走・今度はジョホール州皇太子がMFLを皮肉を込めて批判

スランゴールFCが今季開幕戦の出場を辞退したことへの処分が発表された6月26日以来、マレーシアサッカーは大混乱に陥っていますが、今度はジョホール州スルタンの長男で皇太子のトゥンク・イスマイル殿下が、国内リーグを運営するマレーシアンフットボールリーグ(MFL)を批判しています。

マレーシアンフットボールリーグ(MFL)の処分内容が迷走

イスマイル殿下の発言に触れる前に、ここまでの出来事を時間軸に沿って振り返ってみましょう。

5月5日
スランゴールFCに所属するファイサル・ハリムがスランゴール州内のショッピングモールで酸をかけられる事件が起こる。

5月8日
スランゴールFCは5月10日に出場する予定だった今季リーグ開幕戦兼*スンバンシーカップについて、「安全上の理由」からMFLに延期を求める。しかし、MFLはマレーシア警察から試合での選手の安全を保証するという確約を得たことを理由に、スランゴールFCの要求を拒否。その結果、スランゴールFCは、後援者でもあるスランゴール州スルタンの同意を得た上で、この試合への出場辞退を表明。

*スンバンシーカップ:前年のマレーシア1部スーパーリーグ王者とマレーシアカップ優勝チームが対戦するいわゆる「スーパーカップ」ながら、リーグ開幕戦も兼ねて開催される。2023年シーズンはジョホール・ダルル・タジムFC(JDT)がスーパーリーグとマレーシアカップの両方で優勝したため、JDTがリーグ2位のスランゴールとJDTのホーム、スルタン・イブラヒム・スタジアムで対戦するはずだった

5月10日
スランゴールFCがスンバンシーカップの出場辞退を決定したことからMFLは、対戦相手のジョホール・ダルル・タジムFCを3-0で不戦勝として、勝点3とスンバンシーカップを授与。また出場辞退したスランゴールFCについては、後日、その処分が課されると発表。

6月26日
MFLがスランゴールFCに対する以下の4項目の処分を発表。なお、MFLは下の4番目の項目、無観客試合については、JDTのホームゲームでもあったスンバンシーカップが中止となったことによる入場料収入の損失を考慮し、スランゴールFCのホームでの同じカードでスランゴールが入場料収入を得るのは公平でないと、その理由も丁寧に説明した。またスランゴールFCがこれらの処分内容に納得しない場合には、不服申し立てを行うことができることも併せて発表。
1.  罰金10万リンギ(およそ340万円)
2. スランゴールFCの出場辞退によってMFLとJDTが被った損失への補償
  (具体的な金額はこの時点で発表なし)
3. 今季リーグ戦の勝点3剥奪
4. 今季第14節にスランゴールのホームMBPJスタジアムで予定されているスランゴールFC対JDTを無観客試合として実施

この処分内容が明らかになると、スランゴールFCサポーターからは、罰金は法外で、処分は非人道的だという批判が沸き起こった。そしてスランゴールFCの後援者であるスランゴール州スルタンのスルタン・シャラフディン・イドリス・シャー殿下が公式声明を発表し、MFLとマレーシアサッカー協会(FAM)に対して失望、および厳しい言葉で非難するなど不満を表明。特にFAMのハミディン・アミン会長に対しては、かつてスランゴール州サッカー協会(FAS)の事務局長を1995年から2013年まで務めたこともあり、スランゴールFCの窮状に何も言及しない姿勢について、特に名指しで厳しく非難。

FAS副会長で、FAM理事の一人でもあるシャーリル・モクタル氏がFAMでの全ての役職(スポンサー及びマーケティング委員会委員長、U23代表チームマネージャなど)を即時辞任し、ハミディンFAM会長は時評を受理したことを明かす。なお、シャーリル氏は今回のスランゴールFCへの処分とFAMの役職辞任は無関係であると説明。

6月27日
MFLが、前日に発表した処分内容から、「自主的」に再検討した新たな処分内容を発表。MFLは新たな処分発表の中で、今回の再検討が、スランゴール州スルタンの「命令」に対する敬意と承諾の結果であるとも説明。
1.  罰金10万リンギ(およそ340万円)から6万リンギへの減額
2. スランゴールFCの出場辞退によってMFLとJDTが被った損失への補償は変更なし
3. 今季リーグ戦の勝点3剥奪の撤回
4. 今季第14節にスランゴールのホームMBPJスタジアムで予定されているスランゴールFC対JDTを無観客試合として実施から観客の入場を認めることに変更

スランゴール州スルタンから名指しで非難されたFAMのハミディン会長がシャラフディン殿下への謁見を希望する文書を送付したことをメディアに明らかに。

またスランゴールFCも公式声明を発表し、MFLには未だ不服申し立ては行なっていないと説明した上で、MFLが再検討した処分内容に基づいて、不服申し立てを行う予定があることを公式発表明。

6月28日
ハミディンFAM会長がスランゴール州スルタンとの謁見承認の返事を受け取ったこと、そして謁見はスルタン多忙のため7月7日以降に予定されたことを明らかにする。

今度はジョホール州皇太子がMFLを皮肉を込めて批判

スンバンシーカップではスランゴールFCと対戦予定だったJDTのオーナーで、ジョホール州スルタンの皇太子、現在は父君のスルタン・イスマイル殿下がマレーシア国王の職を務めているため、ジョホール州摂政のトゥンク・イスマイル殿下は一連の流れに沈黙してましたが、6月28日にMFLによるスランゴールFCへの処分軽減を非難する内容をSNSに投稿しています。

「今後は、どのクラブも規則を破ってMFLから処分を受けた場合には、そのクラブがある州のスルタンに怒りを表明する公式発表を行なってもらえば良い。MFLはスルタンに対する敬意をもとに、処分を撤回してくれることが明らかになった。もしMFLが処分を撤回しなければ、なぜスランゴールFCが処分を逃れたのかをMFLに問えば良い。」との投稿したいイスマイル殿下は、今回のMFLの決断が悪しき前例を作ってしまったとしています。

さらにイスマイル殿下は、2013年にスーパーリーグの審判とその判定を公に非難し、1万8000リンギ(およそ61万円)の罰金と、全てのサッカー活動を6ヶ月間禁止する処分を下され、また2023年には試合中にサポーターが発煙筒を焚いたことに対して12万リンギ(およそ410万円)の罰金処分をFAMから受けています。しかしいずれもジョホール州スルタンで父君のスルタン・イブラヒムはこの処分に不服を申し立てることはしなかったとも述べています。

「MFLは、スランゴールFCからの不服申し立てがなされる前に、処分を再検討した。スランゴールFCへの処分についてMFLを責め立てていた皆が、手のひらを返すようにMFLを称賛している。」と述べたイスマイル殿下は、今回の一件で、マレーシアサッカーでは誰が本当の「権力者」なのかが明らかになったと、皮肉混じりの投稿も行なっています。

*****

結果的にスランゴール州王家とジョホール州王家の「直接対決」の様式を呈してきた今回の一件には、一般のサッカーファンはもちろん、国内にあと7名いる各州のスルタンやその王家も注目していることでしょう。

実はイスマイル殿下は、上の内容の他にも、スランゴール州スルタンのシャラフディン殿下の声明の内容に言及しています。シャラフディン殿下は、マレーシアサッカー協会のハミディン・アミン会長がかつてはスランゴール州サッカー協会(FAS)の事務局長を18年務めたことに触れ、スランゴール州に対する貢献に対して、日本では褒賞に該当する「ダト」と呼ばれる称号を自身から与えられたにもかかわらず、沈黙を守っていることを批判しましたが、イスマイル殿下は、これについても触れ、スランゴールFCとMFL/FAMの関係が他のクラブとはとなるのではないかと示唆しています。

なおスランゴール州王室は、この記事を執筆している時点では、イスマイル殿下のSNS投稿については何もコメントを出していません。

*****

インドネシアで開催中のアセアンU16選手権や、FAMがプトラジャヤに建設を予定している新しいトレセンの鍬入れのイベントなど、今週はいくつもニュースがありましたが、それが全て吹っ飛ぶほどマレーシアサッカーが揺れています。

個人的にはここまで一連の流れの中で、いくつか思うことがあるので、それについて書いてみたいと思います。

1. スランゴールFCのスンバンシーカップ出場辞退の理由
  5月5日のファイサル選手への酸攻撃を受けて、スランゴールFCは「安全上の理由」からMFLにスンバンシーカップの延期を求めました。しかし、MFLは地元警察はもとより、全国警察のトップからも安全を保障する確約を受けていました。マレーシア人は対面を重んじることもあり、この状況下では「安全上の理由」での辞退は警察へも、MFLへも信用がないといっているのと同じですので、辞退の理由としては不十分だったのではないか、と思います。その後、スランゴール州スルタンのシャラフディン殿下は、ファイサル選手が襲われた後、チーム内に動揺があり、精神的に試合をする状況ではないことを理解していると述べていますが、スランゴールFCも「安全上の理由」ではなく、「選手の精神状態」を理由にしていれば、MFLも受け入れやすかったのではないかと考えます。

2. スンバンシーカップがリーグ戦を兼ねている点
  日本で言えば、富士フィルムスーパーカップに当たるこのスンバンシーカップは、本来ならば中立地で、リーグ戦とは別に行われる独立大会であるべきカップ戦だと考えます。リーグチャンピオンとカップ戦の王者が対戦するこのスーパーカップは多くの国で開催されていると思いますが、これをリーグの一環として、しかも中立地ではなく、リーグ王者のホームで行う仕組みでなければ、スランゴールへの処分がそもそもこれほど酷くはなかったのではないかと考えます。

3. マレーシアンフットボールリーグ(MFL)の過度な商業化方針
  スンバンシーカップをJDTのホームで開催すれば、MFLは会場費用を持ち出すこともない一方で、収容人数4万人がほぼ満員で埋まるであろうスルタン・イブラヒム・スタジアムの入場料収入や放映権料などから、一部を受け取ることができたはず。(具体的にはMFLがスランゴールFCに課した「損失」の補填を処分内容に含めています。)この試合を中立地、例えば、代表戦などが行われるブキ・ジャリル国立競技場でMFLが主催して行えば、会場費用の持ち出しに加え、おそらくはスルタン・イブラヒム・スタジアムほどは観衆を集めることができず、試合開催自体が赤字興行になってしまう可能性もあることから、ジョホール州開催に拘っているのではないかと考えます。